マウリヤ朝とは?
まうりやちょう
マウリヤ朝とは、紀元前4世紀末にチャンドラグプタが建てた古代インド初の統一王朝で、アショーカ王の時代に仏教を国内外に広めたことで知られます。
マウリヤ朝(Maurya Empire、紀元前322〜前185年頃)は、チャンドラグプタ・マウリヤがナンダ朝を打倒して建国した古代インド最初の統一的大帝国です。首都はガンジス川中流域のパータリプトラ(現パトナ)に置かれました。
チャンドラグプタはアレクサンドロス大王のインド遠征後に生じた権力の空白を利用して急速に版図を拡大し、ヘレニズム世界とも外交関係を結びました。孫のアショーカ王(在位紀元前268〜前232年頃)の時代に帝国は最大版図に達し、現在のインド亜大陸のほぼ全域を支配しました。
アショーカ王はカリンガ(現オリッサ州)征服の際の大きな流血を深く後悔し、仏教に帰依してダルマ(法)による統治を推進しました。彼が建てた石柱(アショーカ柱)や岩刻勅令には、非暴力・慈悲・宗教的寛容の精神が刻まれています。またスリランカ・東南アジアへ仏教僧を派遣し、仏教の国際的普及に大きく貢献しました。
アショーカ王の死後、帝国は急速に弱体化し、紀元前185年頃に最後の王がブラーフマナ出身の将軍プシャミトラに打倒されてマウリヤ朝は滅亡しました。しかし仏教文化の国際的拡散という遺産は今日まで続いています。
使い方・例文
インドの国旗に描かれた「アショーカ・チャクラ(法輪)」は、マウリヤ朝アショーカ王のサールナート石柱から取られたもので、現代インドにおける王朝の象徴的影響を示しています。
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