本文へスキップ

セルジューク朝とは?

せるじゅーくちょう

セルジューク朝とは、11世紀から13世紀にかけて中央アジアからアナトリアにわたる広大な地域を支配したトルコ系イスラーム王朝で、十字軍の遠征を誘発したことでも知られます。

セルジューク朝は、トルコ系遊牧民族オグズ族の一派セルジューク氏族が建国したイスラーム王朝です。1038年にトゥグリル・ベクがイランホラーサーン地方を征服して建国し、1055年にはアッバース朝カリフからスルタン(世俗的最高権力者)の称号を授けられました。

セルジューク朝の最大版図は、中央アジアから小アジア(アナトリア)、イラン・イラク・シリアにまで及びました。1071年のマンジケルトの戦いでビザンツ帝国軍を破り、アナトリア半島への進出を果たしたことは歴史上の転機となりました。この勝利によってアナトリアのトルコ化・イスラーム化が加速し、後のオスマン帝国誕生の土台を作りました。

文化・学術面でも大きな功績を残しました。宰相ニザーム・アルムルクはイスラーム高等教育機関「ニザーミーヤ学院」を各地に設立し、イスラーム学の普及に貢献しました。詩人・数学者のウマル・ハイヤームもこの時代に活躍しました。マンジケルトの戦いの衝撃がビザンツ皇帝の援助要請につながり、ローマ教皇ウルバヌス2世が十字軍を呼びかける一因ともなりました。

使い方・例文

十字軍の歴史を学ぶ授業では「マンジケルトの戦いによるビザンツの衰退がセルジューク朝の脅威として十字軍遠征を招いた」という文脈でセルジューク朝が登場します。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語