百姓一揆とは?
ひゃくしょういっき
百姓一揆とは、江戸時代に農民たちが年貢の軽減や政治の不満を訴えるために集団で領主や幕府に立ち向かった抵抗運動です。
百姓一揆とは、主に江戸時代(17〜19世紀)を通じて全国各地で繰り返し起きた、農民(百姓)による集団的な抵抗・訴願行動の総称です。年貢の増徴・凶作・飢饉・悪政などを背景として発生し、村単位から広域にまたがる大規模なものまで形態はさまざまでした。
一揆の主な要求は年貢の引き下げや凶作時の救済措置、不正を行う代官の罷免などで、農民たちは村請制の連帯を背景に組織的に行動しました。代表者が単身で訴え出る「代表越訴型」から、数万人規模が集結する「惣百姓一揆」まで、規模と方法はさまざまです。
江戸時代を通じた一揆の件数については諸説ありますが、数千件規模にのぼると研究者の間で広く認識されており、特に18世紀後半から19世紀にかけての天明・天保の飢饉期に大規模な一揆が頻発しました。
- 磔訴型:指導者が処刑を覚悟で訴状を提出する形式
- 逃散:集団で村を離れ耕作放棄をもって抗議する形式
- 打ちこわし:豪商・米屋などを実力で破壊する都市型騒動
百姓一揆は近世民衆が権力に対して異議を申し立てた重要な社会運動であり、日本の民衆史・社会史を考えるうえで欠かせないテーマとなっています。
使い方・例文
社会科の授業では、天明の大飢饉をきっかけに各地で発生した百姓一揆が江戸時代の民衆運動の代表例として取り上げられます。
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