ファーティマ朝とは?
ふぁーてぃまちょう
ファーティマ朝は、10〜12世紀にかけて北アフリカから中東を支配したイスラーム王朝で、シーア派イスマーイール派を奉じた国家です。
ファーティマ朝(ファーティミー朝とも表記)は、909年にチュニジア(現在の北アフリカ)で成立し、その後エジプトを中心に繁栄したイスラーム王朝です。1171年にアイユーブ朝のサラーフッディーン(サラディン)によって滅ぼされるまで、約260年間続きました。
王朝名はイスラームの預言者ムハンマドの娘ファーティマに由来します。ファーティマ朝の君主はカリフを称し、スンナ派のアッバース朝カリフに対抗する、シーア派イスマーイール派の宗教的・政治的権威を主張しました。カリフが宗教的指導者(イマーム)を兼ねるという神権政治的な性格を持っていました。
ファーティマ朝の主な歴史的特徴は以下のとおりです。
- 969年にエジプトを征服し、新都カイロ(「征服された都市」の意)を建設
- アズハル・モスク(現在のアズハル大学の前身)を創建し、イスラーム学術の中心地として発展させた
- 地中海貿易や紅海交易を活かした経済的繁栄を実現
- 宗教的に比較的寛容で、キリスト教徒やユダヤ教徒とも共存した時期があった
ファーティマ朝の時代には芸術・建築・学問が栄え、エジプトの都カイロは世界有数の大都市となりました。その遺産はイスラーム文明史において重要な位置を占めています。
使い方・例文
世界史の授業やイスラーム史の文脈で、アッバース朝と並ぶカリフ政権として、またカイロやアズハル大学の創建者として「ファーティマ朝」という名前が登場します。
この用語をシェア
最終更新: