ハイレ・セラシエ1世とは?
はいれせらしえいっせい
ハイレ・セラシエ1世とは、20世紀エチオピアの皇帝で、アフリカ統一機構の創設に貢献し、ラスタファリ運動では神格化された指導者として世界的に知られる人物です。
ハイレ・セラシエ1世(Haile Selassie I, 1892〜1975)は、エチオピア帝国最後の皇帝(在位1930〜1974年)です。本名はタファリ・マコネン。ソロモン王とシバの女王の末裔を称するソロモン朝の血統を引くとされ、「ユダのライオン、ダビデの末裔、神に選ばれた者、エチオピアの王の王」という称号を持ちました。
その治世は近代化と伝統の両立を軸に進められました。教育制度や行政機構の整備を推進する一方、帝国体制の維持と農村の封建的秩序の保持にも腐心しました。1936年にはイタリア・ファシスト政権の侵攻を受けてエチオピアは占領されましたが、国際連盟での演説で抵抗の意志を示し、第二次世界大戦後に帝位を回復しました。
国際舞台での功績も際立っています。
- 1963年にアフリカ統一機構(OAU)の設立を主導
- 汎アフリカ主義の象徴的指導者として各国から尊敬を集めた
- アジスアベバをアフリカ外交の中心地として位置づけた
宗教的側面では、ジャマイカ発祥のラスタファリ運動において「ジャー(神)の化身」として崇拝されており、ボブ・マーリーらレゲエミュージシャンの楽曲にもその影響が色濃く反映されています。1974年の軍事クーデターにより廃位され、翌年死去しました。
使い方・例文
ボブ・マーリーの楽曲にはハイレ・セラシエ1世への賛美が随所に込められており、ラスタファリ思想を理解する上で欠かせない人物として登場します。
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