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ハイレ・セラシエとは?

はいれせらしえ

ハイレ・セラシエはエチオピア帝国最後の皇帝で、アフリカの主権を守った指導者として国際的に知られ、ラスタファリ運動では神的存在として崇められている人物です。

ハイレ・セラシエ1世(1892〜1975年)は、エチオピア帝国の皇帝(在位1930〜1974年)です。本名はタファリ・マコンネンで、「ハイレ・セラシエ」(三位一体の権勢)は洗礼名です。

1935年にファシスト・イタリアがエチオピアに侵攻すると、国際連盟の議場に立ち集団安全保障の必要性を訴えた演説は世界的な注目を集めました。国際社会の支援は得られず亡命を余儀なくされましたが、第二次世界大戦中の1941年にイギリス軍とともに帰国し、イタリア軍を追い出すことに成功しました。

戦後は積極的な外交を展開しました。

  • アフリカ統一機構(OAU、現アフリカ連合AU)の創設(1963年)に主導的役割を果たし、本部をアジスアベバに誘致
  • 非同盟運動を支持し、アフリカ独立運動の精神的支柱として活動
  • エチオピア国内での近代化政策の推進(教育・インフラ整備)

一方、国内では専制的統治・農民の貧困・飢饉への対応が批判され、1974年の軍事クーデターにより退位させられました。翌1975年に獄中で死亡しています。ジャマイカ発祥のラスタファリ運動では、アフリカ系の解放と救済をもたらす神の化身として崇敬されており、現在もその影響は世界各地に及んでいます。

使い方・例文

ボブ・マーリーらのレゲエ音楽でたびたびハイレ・セラシエの名が登場するのは、ラスタファリ運動における精神的象徴としての位置づけを反映しています。

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