モハンマド・モサッデグとは?
もはんまどもさっでぐ
モハンマド・モサッデグは、イランの石油国有化を断行した首相で、1953年のクーデターにより失脚した民族主義的指導者です。
モハンマド・モサッデグ(Mohammad Mosaddegh、1882〜1967年)は、イランの政治家・弁護士で、20世紀中東政治において民族主義と反帝国主義の象徴的存在として知られています。
モサッデグは1951年にイランの首相に就任すると、長年イギリスに支配されていたイランの石油産業を国有化する決断を下しました。イギリスのアングロ・イラニアン石油会社(現BPの前身)が独占していた利権を回収し、石油収入をイラン国民のために使うという主張は国内で圧倒的な支持を集めました。
しかし石油国有化はイギリスとアメリカの強い反発を招きました。
- イギリスはイラン石油のボイコットと国際的な圧力をかけた
- アメリカCIAとイギリスMI6が共同でクーデター工作(1953年、「アジャックス作戦」)を実行した
- クーデターによりモサッデグは失脚・逮捕され、モハンマド・レザー・シャーが権力を取り戻した
- 残りの生涯をモサッデグは自宅軟禁・農村での幽閉状態で過ごした
モサッデグの失脚とその背景にある米英の介入は、イラン国民の反欧米感情の歴史的源泉のひとつとなり、1979年のイスラム革命にもつながる文脈として現在も語られます。民主的に選出された指導者が外国の工作によって排除されたこの事件は、冷戦期の政治介入を論じる際の典型例として引用されます。
使い方・例文
「モサッデグによるイラン石油国有化は、CIAとMI6のクーデター工作によって阻まれ、現代中東の反欧米感情の根源のひとつとされている」という文脈で登場します。
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