カロリング朝とは?
かろりんぐちょう
カロリング朝とは、8世紀にフランク王国で成立した王朝で、カール大帝のもとで西ヨーロッパの統合と中世文化の基盤を築きました。
カロリング朝(カロリングちょう、Carolingian dynasty)とは、751年にフランク王国で成立した王朝です。宮宰(きゅうさい)として実権を握っていたピピン3世(小ピピン)がメロヴィング朝最後の王を廃して即位し、開かれました。王朝名はその子カール大帝(シャルルマーニュ)のラテン語名「カロルス(Carolus)」に由来します。
カロリング朝最大の君主であるカール大帝(在位768〜814年)は、現在のフランス・ドイツ・イタリア北部・スペイン北東部に及ぶ広大な領土を支配下に収め、800年にローマ教皇レオ3世から「西ローマ皇帝」として戴冠されました。これは西ローマ帝国滅亡(476年)以来途絶えていた西方の帝権の復活を意味し、ヨーロッパの政治・宗教史上の重大事件です。
カール大帝の治世には「カロリング・ルネサンス」と呼ばれる文化復興が起こりました。その内容は以下を含みます。
- ラテン語の整備と写本文化の奨励
- アーヘンを中心とした宮廷学校の設立
- 修道院網の拡充と聖職者教育の強化
- カロリング小文字(現代ローマン体活字の原型)の普及
カール大帝の死後、843年のヴェルダン条約によって帝国は東・中・西フランク王国に分割されました。この分割が現在のドイツ・フランス・イタリアの原型とも言われ、ヨーロッパの国境形成に深く影響しています。カロリング朝は10世紀に断絶しましたが、その遺産は中世ヨーロッパの政治・文化・宗教のあり方を根本的に形作りました。
使い方・例文
歴史の授業でフランク王国の分裂やカール大帝の即位を学ぶ場面では、必ずカロリング朝という言葉が登場します。
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