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内閣大学士とは?

ないかくだいがくし

内閣大学士とは、中国の明・清時代に置かれた最高位の文官職で、皇帝の諮問に応え政務の補佐を担った重臣の称号です。

内閣大学士(ないかくだいがくし)は、中国の明(1368〜1644年)および清(1644〜1912年)において、皇帝直属の内閣(内廷の政務機関)に置かれた最高位の文官の職称です。

明の初代皇帝・洪武帝宰相制度を廃止し、皇帝自身がすべての政務を統括する体制を目指しました。しかし膨大な業務を補うため、翰林院などの学識ある文官を側近として集め「内閣」と呼ばれる諮問機関を形成しました。内閣大学士はその構成員であり、勅書・奏疏の起草や皇帝への意見具申を担いました。

明の中後期になると、皇帝が政務を顧みなくなる場合に内閣大学士のなかで最上席の者(「首輔」)が実質的な最高権力者として機能することもありました。張居正はその代表例として知られています。

清代には満洲族・漢族の大臣を並置する形で内閣大学士制度を継承しましたが、雍正帝の時代(18世紀前半)以降は「軍機処」が実質的な政務の中枢となり、内閣大学士は名誉的な色彩が強まりました。科挙最高位の合格者(進士)の中から選ばれることが多く、学識と官僚としての経歴の両方が求められる名誉ある職位でした。

使い方・例文

明清時代の歴史小説や大河ドラマでは、皇帝に意見を上奏する重臣として内閣大学士の人物が登場することがよくあります。

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