アウシュビッツ解放とは?
あうしゅびっつかいほう
アウシュビッツ解放とは、1945年1月27日にソ連軍がナチス・ドイツの強制絶滅収容所アウシュビッツを解放した歴史的事件です。
アウシュビッツ解放とは、1945年1月27日、ソビエト連邦赤軍の第60軍がポーランド南部オシフィエンチム(ドイツ名アウシュビッツ)に設置されていたナチス・ドイツの強制収容所群を解放した出来事を指します。
アウシュビッツ収容所は1940年にナチス・ドイツがポーランド占領地に設置した収容所が起源で、後にビルケナウ(アウシュビッツ第2収容所)などを含む巨大な複合施設へと拡張されました。ここではユダヤ人をはじめ、ロマ、ソ連軍捕虜、政治犯など多くの人々が収容され、ガス室・銃殺・強制労働・医学実験などによって命を奪われました。犠牲者の数は研究によって異なりますが、100万人以上に上るとされています。
解放時の状況は以下のようなものでした。
- ソ連軍到着時に収容所には約7,000人が残存(死亡行進で多数がすでに移送・死亡)
- 大量の遺品(衣類・眼鏡・義足・毛髪など)が証拠として発見された
- ナチスは撤退前に証拠隠滅のため施設の一部を爆破していた
1月27日は現在「ホロコースト犠牲者を想起する国際デー」として国連が定めており、アウシュビッツ解放の日は人類によるジェノサイドの記憶と「二度と繰り返さない」という誓いの象徴となっています。現在、跡地は世界遺産として保存・公開されています。
使い方・例文
「アウシュビッツ解放の日が国連によるホロコースト記念日に制定された」というように、ホロコーストの歴史や記念日を説明する文脈で使われます。
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