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パルティア帝国とは?

ぱるてぃあていこく

パルティア帝国とは、紀元前3世紀から紀元後3世紀にかけてイラン高原を中心に栄えた王国で、ローマ帝国と覇権を争った強大な勢力です。

パルティア帝国(英: Parthian Empire)は、アルサケス朝とも呼ばれる古代イランの王朝が統治した帝国で、紀元前247年頃から紀元226年頃まで約470年間にわたってメソポタミアからイラン高原を支配しました。

もともとパルニ族という遊牧民族出身のアルサケスが、セレウコス朝シリアの支配から独立する形で王国を建てたのが始まりです。その後、歴代の王が領土を拡大し、前1世紀にはシルクロードの要衝を押さえる大帝国へと成長しました。

パルティアの軍事的特徴として有名なのが「パルティアン・ショット(パルティア射ち)」です。これは馬に乗りながら後退しつつ後方へ矢を放つ騎馬弓兵の戦術で、重装歩兵を主力とするローマ軍を苦しめました。紀元前53年のカルラエの戦いでは、クラッススが率いるローマ軍を壊滅させたことで知られています。

帝国はシルクロードを通じた東西交易の中継地として経済的にも繁栄し、ローマとの外交・通商関係も維持していました。しかし内部の権力争いや属州の反乱が続き、最終的にはサーサーン朝ペルシアに滅ぼされました。パルティア支配の時代はイランの歴史において重要な一章を占めています。

使い方・例文

世界史の授業では、ローマ帝国の東方政策やシルクロードの歴史を学ぶ文脈でパルティア帝国が登場します。

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