サーサーン朝とは?
さーさーんちょう
サーサーン朝とは、3世紀から7世紀にかけて現在のイラン周辺を支配した古代ペルシア系の王朝で、ゾロアスター教を国教とした強大な帝国です。
サーサーン朝(Sasanian Empire)は、226年にアルダシール1世がアルサケス朝(パルティア)を滅ぼして建国した、イラン系の王朝です。創始者アルダシール1世の祖父の名「サーサーン」に由来します。首都はクテシフォン(現在のイラク中部)に置かれました。
サーサーン朝はゾロアスター教を国教として積極的に保護・整備し、火を聖なるシンボルとする祭火殿が各地に建てられました。東方のローマ帝国・ビザンツ帝国と繰り返し戦争を繰り広げ、260年にはシャープール1世がローマ皇帝ウァレリアヌスを捕虜にするという歴史的な勝利を収めました。
文化面では独自のペルシア文化を発展させ、絵画・建築・金属工芸などに優れた成果を残しました。また、東西交易の中継点として中国・インド・地中海世界との交流も活発で、ソグド商人とともにシルクロード交易を支えました。農業開発や灌漑技術の普及にも力を入れ、肥沃なメソポタミア地域の農業生産を高めました。
7世紀にイスラム勢力(アラブ軍)の急速な拡大に抗しきれず、642年のニハーヴァンドの戦いで決定的な敗北を喫し、651年に滅亡しました。サーサーン朝の文化的遺産はその後のイスラム文明にも深く影響を与えました。
使い方・例文
サーサーン朝は、ローマ帝国やビザンツ帝国との長年にわたる争いや、ゾロアスター教の国教化を学ぶ際に必ず取り上げられる王朝です。
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