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アルダシール1世とは?

あるだしーるいっせい

アルダシール1世とは、3世紀サーサーン朝ペルシアを建国した王で、パルティア王朝を打倒してイラン史に新たな王朝を打ち立てた創始者です。

アルダシール1世(中期ペルシア語: Ardaxšīr、在位:224年頃〜241年頃)は、サーサーン朝ペルシアの初代王です。現在イラン南部ファールス地方(古代ペルシス)の地方豪族の出身で、アケメネス朝ペルシアの神官階級に連なる家系を主張していました。

アルダシールは徐々に勢力を拡大し、224年にパルティア(アルサケス朝)の最後の王アルタバノス4世を戦いで破りました。この勝利によってパルティア朝は終焉を迎え、アルダシールは新王朝サーサーン朝を創始しました。彼の建国の意義は以下の点にあります。

  • アケメネス朝の正統な後継者としてのイラン民族国家の復興を標榜した
  • ゾロアスター教を国家宗教として強力に後援し、聖典の編纂・神官制度の整備を進めた
  • 中央集権的な行政制度を構築し、広大な帝国を統治した
  • ローマ帝国と対等に渡り合う強国の基盤を作った

アルダシールの建国したサーサーン朝はその後400年以上にわたって存続し、ビザンツ帝国やローマと競い合いながらイラン高原から中東にかけての広大な領域を支配しました。息子・シャープール1世によってさらに帝国は発展し、後のイスラム文明にも多大な影響を与えました。アルダシール1世はイラン史における最も重要な建国者の一人として評価されています。

使い方・例文

イラン史やサーサーン朝を扱う歴史書で、パルティアを滅ぼして新王朝を建てた人物として必ず最初に登場します。

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