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ギリシャ・トルコ戦争とは?

ぎりしゃとるこせんそう

ギリシャトルコ戦争とは、1919年から1922年にかけてギリシャとトルコ(オスマン帝国・アナトリアのトルコ民族主義勢力)の間で行われた武力衝突です。

ギリシャトルコ戦争(Greco-Turkish War)は、1919年から1922年にかけてアナトリア(現在トルコ)を舞台に展開された戦争です。第一次世界大戦に敗れたオスマン帝国の解体をめぐり、ギリシャが連合国の支持を背景に西アナトリアへ進出したことで始まりました。

戦争の背景には「メガリ・イデア(大いなる理念)」と呼ばれるギリシャの民族統一思想があります。ギリシャは、かつてビザンツ帝国の版図だった西アナトリアのイズミル(スミルナ)周辺に多くのギリシャ系住民が住んでいたことを根拠に領有権を主張し、1919年にイズミルへ上陸・占領しました。

当初はギリシャ軍が優勢に進みましたが、ムスタファ・ケマル(アタテュルク)が率いるトルコ民族主義勢力が組織的な抵抗を続けました。戦況は徐々にトルコ側に傾き、1922年にギリシャ軍は大敗退を喫しました。イズミルでは大火災と虐殺が発生し、多数の犠牲者が出ました。

戦争終結後の1923年に締結されたローザンヌ条約では、ギリシャとトルコの間でギリシャ系とトルコ系の住民の大規模な強制交換(人口交換)が定められ、数十万から百万人規模の人々が故郷を追われました。この戦争とその後の人口移動は、両国の国民的記憶に深く刻まれており、現代のギリシャ・トルコ関係にも影を落としています。

使い方・例文

「ギリシャ・トルコ戦争の結果として行われた住民交換は、近代史上最大規模の強制的な民族移動の一つとして記録されている」のように使います。

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