アレクサンドル3世とは?
あれくさんどるさんせい
アレクサンドル3世は、19世紀後半のロシア皇帝で、父の暗殺を受けて強硬な反動・民族主義政策を推進した専制君主です。
アレクサンドル3世(1845〜1894年)は、ロマノフ朝のロシア皇帝で、1881年から1894年まで在位しました。父アレクサンドル2世がナロードニキ(人民主義者)によって暗殺されたことに衝撃を受け、改革路線を一転して反動・保守政策へと転換した皇帝として知られます。
アレクサンドル3世は「反改革」と呼ばれる一連の施策により、地方自治制度(ゼムストヴォ)の権限縮小、司法制度の後退、プレスへの検閲強化、大学自治の制限などを断行しました。また「ロシア化」政策として、フィンランド・ポーランド・バルト諸州・ウクライナにロシア語・ロシア正教・ロシア的行政制度を押しつけ、少数民族への弾圧を強めました。ユダヤ人に対しては居住制限や差別的法律が強化されました。
対外政策ではパン・スラヴ主義を背景にしながらも実際には慎重な姿勢を保ち、フランスとの露仏同盟(1891〜94年)を締結してドイツへの対抗軸を形成しました。この同盟は後の三国協商の基盤となります。
内政面では工業化・鉄道建設が進み、シベリア鉄道の着工(1891年)もアレクサンドル3世治世の出来事です。彼の在位中ロシアは一定の安定を保ちましたが、抑圧的政策への不満は蓄積し、翌世紀の革命へとつながる伏線となりました。
使い方・例文
19世紀末のロシア・ヨーロッパ外交史や露仏同盟を学ぶ場面でアレクサンドル3世の名が登場します。
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