院宣とは?
いんぜん
院宣とは、上皇・法皇が出した命令文書のことで、平安末期から鎌倉時代にかけて強い政治的効力を持ちました。
院宣(いんぜん)とは、上皇(じょうこう)または法皇(ほうおう)が発した公式命令文書のことです。天皇が譲位して上皇となった後も政務を執り行う「院政」の時代において、院宣は朝廷の意思を伝える重要な文書として機能しました。
院宣の特徴は、上皇の意向を側近の院司(いんし)が代筆・伝達する形式をとる点にあります。天皇が直接出す詔勅(しょうちょく)とは区別され、より私的・直接的な命令手段として活用されました。平安末期に白河上皇が院政を始めて以降、院宣の政治的重要性は高まり、武士への動員命令や所領安堵(しょりょうあんど)にも用いられるようになりました。
鎌倉時代の承久の乱(1221年)では、後鳥羽上皇が院宣を発して幕府追討を命じたことが有名です。この乱の後、院政の実質的な権力は大きく弱体化し、院宣の政治的効力も次第に低下していきました。
現在では、院宣は日本中世史・古文書学の研究対象として扱われ、当時の政治構造を読み解くうえで欠かせない一次資料となっています。
使い方・例文
歴史の授業や時代小説では、院政期に上皇が武士に院宣を下して兵を動かす場面が登場します。
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