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肥前国とは?

ひぜんのくに

肥前国とは、現在佐賀県長崎県にあたる地域に置かれた令制国で、九州の北西部に位置し、大陸への玄関口として古代から中世・近世にかけて重要な役割を果たした地域です。

肥前国(ひぜんのくに)は、律令制のもとで設けられた令制国のひとつで、現在佐賀県全域と長崎県の大部分(壱岐対馬は除く)に相当します。九州地方の北西部に位置し、西海道に属していました。

国名の「肥」は古来この地域が称された「火国(ひのくに)」に由来するとも伝えられ、後に肥前・肥後の二国に分割されました。肥前国の国府は現在の佐賀市付近に置かれ、大宰府の管轄下にありました。

肥前国の歴史的な特色として、大陸(中国・朝鮮半島)への地理的な近さが挙げられます。古代には遣唐使船の寄港地ともなり、外交・貿易の窓口としての役割を担いました。中世には松浦党など在地武士の勢力が活発で、倭寇の拠点としても知られました。江戸時代になると、鎖国体制のもとで長崎が唯一の対外貿易港として機能し、肥前国は引き続き西洋文化の流入口となりました。

また、肥前国は有田焼・伊万里焼などの磁器生産でも著名です。17世紀初頭に朝鮮陶工の技術を導入して始まった有田の磁器生産は、日本初の磁器量産地として発展し、ヨーロッパにも輸出されました。明治の廃藩置県によって肥前国は佐賀県・長崎県などに再編され、令制国としての区分は終わりを告げました。

使い方・例文

肥前国は古地図や歴史書において現在の佐賀・長崎両県を指す地名として登場し、有田焼の産地や江戸時代の対外貿易史を語る文脈でよく用いられます。

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