本文へスキップ

大宰府とは?

だざいふ

大宰府とは、古代日本において九州全域を統括した地方行政機関であり、外交・防衛の要衝でもありました。

大宰府(だざいふ)は、律令制のもとで設置された地方行政機関で、九州・壱岐対馬・薩南諸島を管轄しました。現在福岡県太宰府市・筑紫野市周辺にその政庁跡が残っています。

大宰府は「遠の朝廷(とおのみかど)」とも呼ばれ、中央の朝廷に準じた組織を持ち、九州の行政・司法・軍事・外交を一元的に担いました。長官は「帥(そち)」と呼ばれ、中央から派遣される高官が就任しました。菅原道真が901年に左遷されたのも、大宰府の権帥(ごんのそち)としてでした。

外交面では、新羅・渤海・唐など大陸・半島からの使節を迎える「鴻臚館(こうろかん)」が博多に置かれ、大宰府がその管理を担いました。防衛面では、白村江の戦い(663年)の敗戦後、唐・新羅の侵攻に備えて水城(みずき)や大野城・基肄城などの防衛施設が整備されました。

平安時代後期には、大宰府を舞台に刀伊の入寇(1019年)という女真族の襲来事件も起きています。中世以降に機能が低下しましたが、その歴史的遺産は現在も太宰府天満宮とともに多くの人に親しまれています。

使い方・例文

日本史で律令制や遣唐使・外交史・菅原道真について調べる際に「大宰府」は欠かせないキーワードです。

この用語をシェア

𝕏 でポスト LINE

最終更新:

関連用語