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米騒動とは?

こめそうどう

米騒動とは、1918年(大正7年)に日本全国に広がった米価高騰に対する民衆の暴動・抗議運動で、寺内正毅内閣を退陣に追い込んだ大規模な社会運動です。

米騒動とは、1918年(大正7年)7月〜9月にかけ日本全国で発生した、米価の急激な高騰に抗議する民衆運動です。富山県の漁村女性たちによる米の積み出し阻止行動が端緒となり、またたく間に都市部を含む全国各地に波及し、暴動・打ちこわし・略奪などを伴う大規模な社会騒乱へと発展しました。

背景には次の要因があります。

  • 第一次世界大戦による好景気で工業労働者が急増し、都市への人口集中で米の需要が拡大した
  • シベリア出兵(1918年)をにらんだ米商人や地主による投機・買い占めが米価を押し上げた
  • 大正デモクラシーの時代的潮流のなかで民衆の権利意識が高まっていた
運動は北海道から九州まで約70万人が参加したとも言われ、軍隊が出動して鎮圧にあたる事態となりました。政府は緊急輸入などの対策を講じましたが、鎮圧に軍を投入した責任を問われた寺内正毅内閣は9月に総辞職し、原敬による本格的な政党内閣(平民宰相)の誕生へとつながりました。

米騒動は日本の社会運動史上、一般民衆が政権を動かした画期的な出来事として評価されており、その後の労働運動・社会主義運動の活性化にも影響を与えました。

使い方・例文

歴史の授業や近代日本史の文脈で「大正デモクラシー」を象徴する出来事として取り上げられるほか、民衆運動が政府・内閣を動かした事例として引用されます。

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