正祖 (朝鮮王)とは?
じょんじょちょうせんおう
正祖とは、18世紀後半の朝鮮王朝第22代国王で、改革政治と学術振興で名高い啓蒙君主です。
正祖(チョンジョ、1752〜1800年)は、朝鮮王朝第22代国王であり、英祖の孫にあたります。父である思悼世子が政争によって悲惨な死を遂げたため、幼少期から複雑な政治環境のなかで育ちました。1776年に即位すると、党派争い(붕당정치)の弊害を抑えるために蕩平策(탕평책)を推進し、特定の派閥に偏らない人材登用を図りました。
学術機関「奎章閣(キュジャンガク)」を設置して優秀な学者を集め、書籍の編纂や学問の振興に力を入れました。また、実学(シルハク)と呼ばれる実用的な学問を重視し、정약용(チョン・ヤクヨン、丁若鏞)ら実学者を積極的に登用しました。父の廟所を設けるために建設した水原華城は、現在ユネスコ世界文化遺産に登録されています。
- 蕩平策による党争の緩和と人材の均衡登用
- 奎章閣設立による学問・文化の振興
- 実学者の積極的な登用
- 水原華城の建設(世界遺産)
- 民生重視の改革政治
正祖は朝鮮王朝後期を代表する名君として評価されており、韓国では映画やドラマでも人気の高い国王です。48歳で急逝したため、多くの改革が志半ばで終わったことを惜しむ声も多く残っています。
使い方・例文
韓国時代劇や朝鮮史の授業で「正祖が奎章閣を設けて学問を盛んにした」という形で紹介されます。
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