日光道中とは?
にっこうどうちゅう
日光道中とは、江戸時代に整備された五街道のひとつで、江戸・日本橋から日光東照宮を結ぶ重要な幹線道路のことです。
日光道中(にっこうどうちゅう)は、江戸時代に幕府が整備した五街道のひとつで、江戸の日本橋を起点とし、日光東照宮(栃木県日光市)に至る幹線道路です。「日光街道」とも呼ばれます。総延長はおよそ36里(約140キロメートル)で、21の宿場が置かれました。
この道が特に重視されたのは、江戸幕府の開祖である徳川家康を祀る日光東照宮への参詣路(日光社参)として機能したためです。将軍が日光へ参詣する「日光社参」は幕府の重要な儀礼であり、街道の整備・維持には多大な労力が注がれました。また、大名行列も頻繁に通行しました。
主な宿場町としては、千住・草加・越谷・春日部・古河・宇都宮などが挙げられます。宇都宮から先は「日光例幣使街道」「壬生通り」など別路線と合流し、日光へ向かいます。
松尾芭蕉の『奥の細道』では、日光道中の旅立ちが描かれており、文学的にも著名な道です。現代でも国道4号や日光街道として一部がその名をとどめており、沿道には江戸時代の面影を残す宿場町が残っています。
使い方・例文
「五街道を覚える」という歴史の勉強や、「松尾芭蕉は日光道中から奥の細道の旅を始めた」という文学の授業など、歴史・文学両面の文脈で登場します。
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