天安門事件とは?
てんあんもんじけん
天安門事件とは、1989年6月に中国・北京の天安門広場で民主化を求めて集まった学生や市民に対し、中国政府が軍を投入して武力で鎮圧した出来事です。
天安門事件とは、1989年4月から6月にかけて中国の首都北京を中心に起きた民主化運動と、それに対する政府の武力鎮圧を指します。一般に「六四事件」や「天安門事件」と呼ばれ、20世紀後半の中国現代史における最も重大な政治的事件のひとつとされています。
運動のきっかけは改革派とみなされていた胡耀邦・元総書記の死去(同年4月)でした。追悼のために天安門広場に集まった学生たちは次第に民主化・言論の自由・腐敗撤廃を求める声を上げるようになり、その規模は北京以外の主要都市にも拡大しました。広場での座り込みは数週間に及び、参加者は学生のみならず労働者や市民にも広がりました。
中国政府は5月20日に北京市に戒厳令を布告し、6月3日深夜から4日未明にかけて軍と戦車を投入して強制排除を実施しました。この際の死傷者数については中国政府が詳細を公表しておらず、数百人から数千人規模という推計が複数の機関・報道によって示されています。
事件後、中国政府は関係者を逮捕し、国内での報道や議論を厳しく制限しました。この出来事は今日も中国本土では公に論じることが難しい一方、台湾や香港、そして国際社会では人権・民主主義の観点から引き続き語り継がれています。事件を象徴する「戦車の男」の写真は20世紀を代表する報道写真のひとつとして世界的に知られています。
使い方・例文
政治学や現代史の講義では、天安門事件は権威主義体制における市民運動の弾圧事例として頻繁に取り上げられます。
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