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国際連盟脱退とは?

こくさいれんめいだったい

国際連盟脱退とは、1933年に日本満州事変への批判決議を受けてジュネーブの国際連盟を脱退した歴史的事件です。

国際連盟脱退とは、1933年(昭和8年)3月27日に日本が国際連盟からの脱退を通告した出来事です。この背景には、1931年の満州事変から始まる一連の日本の対中国行動があります。

満州事変後、中国(中華民国)は国際連盟に提訴し、連盟は1932年にリットン調査団を現地に派遣しました。調査団の報告書は、日本の行動を自衛とは認めず、満州国の独立は認められないと結論づけました。1933年2月、国際連盟総会でリットン報告書に基づく勧告案が賛成42・反対1(日本のみ)・棄権1で可決されます。

日本全権の松岡洋右は、この採決結果に抗議して議場を退席し、その後日本政府は正式に脱退を通告しました。脱退通告から実際の脱退まで規約上2年間かかるため、正式脱退は1935年となります。

この脱退は日本の国際的孤立を深め、その後の日独伊三国同盟、さらには太平洋戦争へとつながる重要な転換点となりました。一方で国内では「一人立ち」と好意的に受け止める世論もあり、松岡洋右は英雄視される場面もありました。

使い方・例文

「国際連盟脱退により、日本は国際秩序から孤立する道を歩み始め、その後の枢軸国との接近につながった」という形で、戦前日本の外交史を語る際に使われます。

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