ヨハン・フォン・ティリーとは?
よはんふぉんてぃりー
ヨハン・フォン・ティリーとは、17世紀の三十年戦争でカトリック同盟軍を指揮した将軍で、マクデブルク攻略などで知られるフランドル出身の軍事指導者です。
ヨハン・セルクラエス・フォン・ティリー(1559〜1632年)は、現在のベルギーにあたるフランドル地方出身の将軍です。神聖ローマ帝国皇帝およびカトリック同盟に仕え、三十年戦争(1618〜1648年)の前半期において最も重要な軍事指揮官のひとりとして活躍しました。
ティリーはイエズス会の教育を受けた敬虔なカトリック教徒であり、傭兵隊長として頭角を現したのちバイエルン選帝侯マクシミリアン1世に仕えました。三十年戦争では白山の戦い(1620年)でボヘミアのプロテスタント勢力を打ち破り、帝国・カトリック側に決定的な勝利をもたらしました。
最も論争的な出来事は1631年のマクデブルク攻略です。この際に街が火災に包まれ、多数の市民が死亡しました。ティリー自身が放火を命じたのかについては歴史家の間で議論が続いていますが、「マクデブルクの略奪」として近代ヨーロッパ史における最大規模の都市破壊の一つとして記録されています。
その後、スウェーデン王グスタフ・アドルフの参戦によりプロテスタント側が反撃に転じ、ティリーはブライテンフェルトの戦い(1631年)で大敗を喫しました。翌1632年、レヒ川の渡河作戦中に負傷し、まもなく死去しました。三十年戦争の帰趨を大きく左右した人物として歴史に名を残しています。
使い方・例文
三十年戦争やカトリック・プロテスタントの宗教対立を学ぶ際に、ティリーの名とマクデブルク攻略の悲劇がしばしば引用されます。
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