ピョートル・バグラチオンとは?
ぴょーとるばぐらちおん
ピョートル・バグラチオンは、ナポレオン戦争期のロシア帝国を代表する将軍で、大胆な突撃戦法と不屈の闘志で知られ、ボロジノの戦いで重傷を負い戦死した英雄です。
ピョートル・バグラチオン(Pyotr Bagration、1765〜1812年)は、ジョージア(グルジア)王家の血を引くロシア帝国の将軍です。幼少期からロシア軍に入隊し、コーカサス遠征やポーランド・イタリア方面などで数々の戦闘を経験して頭角を現しました。
バグラチオンはアレクサンドル・スヴォーロフ将軍の下で薫陶を受け、前衛戦・後衛戦・奇襲攻撃などあらゆる局面で活躍しました。その戦いぶりは積極果敢で、兵士からの信頼も厚かったと伝えられます。1805年のアウステルリッツの戦いや1807年のアイラウの戦いなどナポレオン戦争の重要な局面で武功を挙げました。
1812年のナポレオンのロシア侵攻(祖国戦争)では、第二西方軍の司令官として過酷な後退戦を展開しました。ロシア軍が一致して戦うために各軍が合流する戦略的撤退を担い、フランス軍の包囲を繰り返し回避しながら粘り強く戦い続けました。同年9月のボロジノの戦いでは激戦の中で重傷を負い、その傷がもとで9月24日に死去しました。
バグラチオンはロシアで今日でも国民的英雄として崇められており、その名は各地の通りや軍事施設に残されています。
使い方・例文
ナポレオン戦争やロシアの祖国戦争(1812年)を扱った歴史書・小説(トルストイ『戦争と平和』など)にバグラチオンはしばしば登場します。
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