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デカブリストの乱とは?

でかぶりすとのらん

デカブリストの乱とは、1825年にロシアで起きた、近代化と自由主義的改革を求めた青年将校たちによる武装蜂起のことです。

デカブリストの乱(Decembrist revolt)は、1825年12月にロシア帝国の首都サンクトペテルブルクで勃発した反乱です。「デカブリスト(Декабрист)」とはロシア語で「十二月党員」を意味し、蜂起が12月に起きたことに由来します。

ナポレオン戦争を経てヨーロッパを見聞したロシアの進歩的な青年将校や貴族たちは、西欧の自由主義思想に触れ、専制君主制の打破と農奴制の廃止を目指す秘密結社を組織しました。1825年11月にアレクサンドル1世が急死し、次期皇帝をめぐる混乱が生じると、彼らはこの機に乗じて元老院広場(現・デカブリスト広場)で武装蜂起を起こしました。

しかし蜂起は計画の不徹底や指導者の不在もあって失敗に終わり、新皇帝ニコライ1世は直ちに鎮圧を命じました。主導者5名は処刑され、多数の参加者がシベリアへ流刑となりました。

この反乱はロシア史上初の組織的な政治革命運動として位置づけられます。短期的には弾圧を招いたものの、長期的にはロシアの革命思想・自由主義運動の源流となり、後の19世紀の知識人階層(インテリゲンツィア)や1917年のロシア革命へとつながる精神的な遺産を残しました。

使い方・例文

ロシア近代史の授業や教科書では、専制政治への反抗の先駆けとして必ずデカブリストの乱が取り上げられます。また、妻たちが流刑地シベリアへ夫に同行したエピソードは、献身的な愛の象徴として文学作品にも描かれています。

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