タラート・パシャとは?
たらーとぱしゃ
タラート・パシャとは、オスマン帝国末期に大宰相を務め、アルメニア人虐殺の主導的責任者として歴史に名を残す政治家です。
タラート・パシャ(Mehmed Talaat Pasha、1874〜1921年)は、オスマン帝国の政治家であり、帝国末期を支配した秘密結社「統一と進歩委員会(青年トルコ党)」の中心メンバーのひとりです。
電信局の下級官吏から政界に入り、1908年の青年トルコ革命後に急速に頭角を現しました。内務大臣、後に大宰相(首相)に就任し、エンヴェル・パシャ、ジェマル・パシャとともに「三頭政治」としてオスマン帝国の実権を握りました。
タラート・パシャが歴史上最も厳しく問われるのは、第一次世界大戦中のアルメニア人虐殺(1915〜16年)への関与です。内務大臣として命令された大規模な強制移送と虐殺は、数十万から百万人以上のアルメニア人が命を失ったとされ、多くの国がこれをジェノサイドと認定しています。
- 1908年:青年トルコ革命に参画
- 1913年:内務大臣就任
- 1917年:大宰相就任
- 1918年:第一次大戦敗北後に亡命
- 1921年:亡命先のベルリンでアルメニア人活動家に暗殺される
戦後はドイツに逃亡しましたが、1921年にアルメニア人の手によって暗殺されました。アルメニア虐殺に対する責任追及の観点から、今日も歴史上の重要人物として議論されています。
使い方・例文
近現代史やジェノサイド研究の文脈で、オスマン帝国末期の政策と民族迫害を論じる際にタラート・パシャの名が頻繁に登場します。
この用語をシェア
最終更新: