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コルニーロフ事件とは?

こるにーろふじけん

コルニーロフ事件とは、1917年8月にロシア革命の混乱期、ラヴル・コルニーロフ将軍が軍事クーデターを図り失敗した事件で、その後のボリシェヴィキ台頭を加速させました。

コルニーロフ事件(Kornilov affair)とは、1917年8月(ロシア旧暦)にロシア共和国で起きた軍事クーデター未遂事件です。ロシア軍最高司令官ラヴル・コルニーロフ将軍が軍隊をペトログラード(現サンクトペテルブルク)に進軍させ、臨時政府の転覆と秩序回復を図りましたが、失敗に終わりました。

事件の背景には、1917年2月革命後の政治的混乱があります。アレクサンドル・ケレンスキー首相率いる臨時政府はソビエト(労働者・兵士評議会)との「二重権力」状態に置かれ、ドイツとの戦争継続問題や社会不安が深刻化していました。コルニーロフは左翼勢力の台頭を懸念し、強権的な秩序回復が必要と考えていました。

事件の経緯と影響は以下の通りです。

  • コルニーロフの軍がペトログラードへ進軍を開始
  • ケレンスキーはコルニーロフを反乱者と断定し、ボリシェヴィキを含む左翼勢力と協力して阻止
  • 兵士委員会の工作もあり、コルニーロフ軍は解体され、将軍は逮捕された
  • 事件後、ボリシェヴィキの武装組織「赤衛隊」が合法化・強化され、10月革命(11月革命)の素地が整えられた

コルニーロフ事件は、臨時政府の権威を決定的に失墜させ、レーニン率いるボリシェヴィキが政権を握る1917年10月革命(十月革命)への道を開いた重要な転換点とされています。

使い方・例文

ロシア革命の展開を学ぶ授業や書籍で、二月革命から十月革命へと至る政治的混乱の文脈においてコルニーロフ事件が言及されます。

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