ラヴル・コルニーロフとは?
らゔるこるにーろふ
ラヴル・コルニーロフは、ロシア革命期に反ボリシェヴィキ軍を率いようとしたロシア帝国の将軍で、コルニーロフ事件の中心人物です。
ラヴル・ゲオルギエヴィチ・コルニーロフ(Lavr Georgievich Kornilov, 1870〜1918)は、ロシア帝国の陸軍大将で、ロシア革命(1917年)の激動の時代に重要な役割を果たした軍人です。
コルニーロフはシベリア出身のコサック系将校で、日露戦争・第一次世界大戦で実戦経験を積み、その勇猛さで知られていました。1917年の二月革命後、ロシア臨時政府はコルニーロフを最高司令官に任命します。しかし同年8月、コルニーロフはアレクサンドル・ケレンスキー首相との対立が深まり、ペトログラードに軍を進めようとします。これがコルニーロフ事件として知られる政変未遂です。
この事件は複数の重要な結果をもたらしました。
- 臨時政府の権威がさらに失墜し、政情が不安定化した
- ボリシェヴィキが「革命の防衛者」として台頭する機会を得た
- 十月革命(ボリシェヴィキによるクーデター)への道が開かれた
コルニーロフは失脚・逮捕されましたが、十月革命後に脱出し、南部ロシアで白軍(反ボリシェヴィキ軍)の一翼を担う義勇軍を組織しました。1918年、内戦の戦闘中に砲弾を受けて戦死しています。彼の死後も白軍は内戦を続けましたが、最終的にボリシェヴィキの赤軍に敗れました。
使い方・例文
「コルニーロフ事件は、ロシア臨時政府とボリシェヴィキの双方を弱体化・強化させ、十月革命の遠因となった」という文脈で登場します。
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