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エドワード2世 (イングランド王)とは?

えどわーどにせい

エドワード2世とは、14世紀初頭のイングランド王で、スコットランド遠征の失敗と側近への偏重により貴族の反乱を招き、最終的に廃位・暗殺された悲劇的な君主です。

エドワード2世(1284〜1327年)は、イングランドエドワード1世の息子として生まれ、1307年に即位しました。父が強力な君主として諸侯をまとめたのとは対照的に、エドワード2世の治世は終始、政治的混乱に見舞われました。

即位早々、彼は寵臣ピアーズ・ギャヴェストンへの厚遇が貴族の猛烈な反発を招きました。ギャヴェストンは貴族たちによって処刑されましたが、その後もヒュー・ル・デスペンサー父子が実権を握り、再び広範な不満が高まりました。

対外的には1314年のバノックバーンの戦いでスコットランドのロバート・ブルースに大敗を喫し、スコットランド独立を事実上承認せざるを得ない状況に追い込まれました。これはエドワード1世が長年かけて進めてきたスコットランド征服政策の崩壊を意味しました。

1326年、王妃イザベラとその愛人ロジャー・モーティマーが軍を率いて侵攻すると、エドワード2世の支持基盤は瓦解しました。1327年に息子エドワード3世に王位を譲ることを強制されて廃位となり、その後バークレー城で死亡しました。廃位・暗殺という結末は、後のイギリス史において王権の限界を示す重要な前例となりました。

使い方・例文

中世イギリス史や王権と貴族の権力闘争を学ぶ場面で、王が廃位された先例としてエドワード2世が引用されることが多いです。

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