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ウィリアム・テカムセ・シャーマンとは?

うぃりあむてかむせしゃーまん

ウィリアム・テカムセ・シャーマンとは、南北戦争における北軍の将軍で、「焦土作戦」として知られるジョージア州への進軍によって近代総力戦の先駆けとなった軍人です。

ウィリアム・テカムセ・シャーマン(1820〜1891年)は、アメリカ・オハイオ州出身の陸軍軍人で、南北戦争において北軍(連邦軍)の主要指揮官として活躍しました。

ウェストポイント陸軍士官学校を卒業後、軍を離れ実業家・法律家として過ごしましたが、南北戦争勃発で現役復帰し、頭角を現します。グラント将軍との緊密な連携でビックスバーグ攻略(1863年)などに貢献しました。

シャーマンの名を歴史に刻んだのは1864年の「海への進軍(March to the Sea)」です。アトランタ占領後、シャーマンはジョージア州を横断しサバンナへと進軍しながら、鉄道・工場・農地など南部の戦争継続能力を組織的に破壊しました。この作戦は民間の経済基盤を標的にした点で近代的な「総力戦」の先駆けとして軍事史上に位置付けられています。

シャーマン自身は「戦争は地獄だ(War is hell)」という言葉を残したとされており、戦争の残酷さを直視した現実主義者でもありました。グラントが大統領に就任した後、シャーマンは陸軍総司令官(1869〜1883年)を務め、西部開拓期のインディアン戦争でも指揮を執りました。

その戦略思想は後の近代戦理論に大きな影響を与えており、第二次世界大戦の戦略爆撃思想とも関連して語られます。

使い方・例文

「総力戦の歴史」や「近代戦略の起源」を論じる文脈で、シャーマンの海への進軍は必ずと言っていいほど事例として引用されます。

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