自由民権運動とは?
じゆうみんけんうんどう
自由民権運動とは、明治時代に国民が政府に対して憲法制定・国会開設・基本的人権の保障を求めた政治運動で、日本の近代民主主義の礎を築きました。
自由民権運動は、明治時代(1870年代〜1890年代)に全国規模で展開された政治・社会運動です。1874年(明治7年)に板垣退助らが「民撰議院設立建白書」を政府に提出したことが起点とされ、「天賦人権論」を思想的基盤に、立憲政治・議会開設・地租軽減などを要求しました。
運動の広がりには次のような背景がありました。
- 西洋の自由主義・民主主義思想(ルソーやミルの著作)の翻訳・普及
- 地租改正による農民の税負担増大への不満
- 士族(元武士)の政治参加要求
- 演説会・政談演説会を通じた地方への思想浸透
1880年には国会期成同盟が結成され、翌1881年に政府は10年後の国会開設を約束する「国会開設の勅諭」を発布。これを受けて板垣退助は自由党を、大隈重信は立憲改進党を結成し、政党政治の萌芽が生まれました。
その後、松方財政による不況や激化事件(加波山事件・秩父事件など)で運動は弱体化しましたが、1889年の大日本帝国憲法発布・1890年の帝国議会開設という形で一定の成果をもたらしました。日本における民主主義の歴史を語る上で欠かせない運動です。
使い方・例文
歴史の教科書では、板垣退助が岐阜で演説中に刺されたとき「板垣死すとも自由は死せず」と言ったとされるエピソードとともに、自由民権運動が紹介されます。
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