義和団の乱とは?
ぎわだんのらん
義和団の乱とは、19世紀末に中国で起きた外国勢力や外国文化に反発した民衆蜂起と、それを受けた列強による軍事介入のことです。
義和団の乱(ぎわだんのらん)は、1900年から1901年にかけて中国で起きた大規模な反外国・反キリスト教運動です。正式には「義和団事件」とも呼ばれます。
義和団は「扶清滅洋(清朝を助け西洋を滅ぼす)」をスローガンに掲げた秘密結社的な民衆組織で、清末期の外国列強による中国分割に対する民衆の不満を背景に急速に拡大しました。メンバーは拳法の修練を行っていたことから、欧米では「ボクサーズ(Boxers)」とも称されました。
義和団は北京の外国公使館区域(義和団事件の主要戦場)を包囲し、清朝政府もいったんは義和団を支持して列強に宣戦布告しました。これに対し、日本・ロシア・イギリス・フランス・ドイツ・アメリカなど8か国が連合軍を組織して北京を制圧し、翌1901年に清朝は「北京議定書(辛丑条約)」への調印を余儀なくされました。
この条約により清朝は巨額の賠償金支払いや北京への外国軍駐留を認めることになり、清朝の権威はさらに失墜しました。義和団の乱は、その後の清朝滅亡と中国近代化への流れを加速させた重要な歴史的事件として位置づけられています。
使い方・例文
歴史の授業や中国近現代史の文脈で「義和団の乱により列強の中国支配が強化された」といった形で登場します。
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