日米和親条約とは?
にちべいわしんじょうやく
日米和親条約とは、1854年に日本とアメリカが結んだ条約で、約200年続いた鎖国体制に終止符を打った歴史的協定です。
日米和親条約(にちべいわしんじょうやく)は、1854年(嘉永7年/安政元年)3月31日、江戸幕府とアメリカ合衆国の間で締結された条約です。正式名称は「日本国米利堅合衆国和親条約」とも呼ばれ、神奈川(横浜)で調印されたことから神奈川条約とも称されます。
締結の直接的な契機は、アメリカ海軍提督マシュー・ペリーが1853年(嘉永6年)に黒船艦隊を率いて浦賀に来航し、幕府に開国を強く迫ったことです。翌1854年の再来航を受けて幕府は交渉に応じ、本条約が成立しました。
条約の主な内容は以下の通りです。
- 下田・函館の2港を開港し、アメリカ船への食料・薪水・石炭の補給を認める
- アメリカ人漂流民の保護と引き渡し
- 下田へのアメリカ領事の駐在を許可
この条約は貿易を認めるものではなかったため本格的な通商条約とは異なりますが、江戸時代を通じて維持してきた対外的な鎖国政策を解体する第一歩として大きな意義を持ちます。その後1858年の日米修好通商条約へと続き、日本の開国・近代化が本格的に進んでいきました。
使い方・例文
「日米和親条約の締結により、日本は約200年ぶりに欧米諸国との外交関係を公式に開いた」というように、幕末の開国史を語る文脈で必ず登場します。
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