張学良とは?
ちょうがくりょう
張学良とは、中国東北部(満州)を支配した軍閥の後継者で、西安事件で蒋介石を監禁し国共合作を促したことで知られる政治家・軍人です。
張学良(チャン・シュエリャン、1901〜2001年)は、中国の軍人・政治家です。「東北王」と呼ばれた軍閥の張作霖の息子として生まれ、父の死後に東北軍を引き継ぎました。
1928年に張作霖が関東軍に暗殺されると、張学良は後を継いで国民党政府への合流(易幟)を選択しました。しかし1931年の満洲事変で関東軍が満洲を占領すると、中央からの命令もあり積極的な抵抗を行わず、これが後の批判につながりました。
1936年の「西安事件」は張学良の最大の歴史的行為です。日本軍と戦わずに共産党掃討に集中する蒋介石に不満を持った張学良は、部下と共に蒋介石を監禁し、抗日統一戦線の形成(第二次国共合作)を要求しました。蒋介石がこれを受け入れ事態は収拾されましたが、張学良は南京に連行され軟禁状態に置かれました。
その後、台湾に渡っても軟禁は続き、解放されたのは1990年のことでした。晩年はハワイに移住し、2001年に100歳で死去しました。西安事件が第二次世界大戦の展開に与えた影響は大きく、近代中国史の重要人物として記憶されています。
使い方・例文
「張学良による西安事件が、中国の抗日民族統一戦線成立のきっかけとなった」という形で、日中戦争史の解説に頻繁に登場します。
この用語をシェア
最終更新: