満洲事変とは?
まんしゅうじへん
満洲事変とは、1931年に関東軍が南満洲鉄道の線路を爆破したことを口実に起こした軍事行動で、満洲国建国へとつながった歴史的事件です。
満洲事変(まんしゅうじへん)とは、1931年(昭和6年)9月18日に、中国東北部(満洲)に駐屯していた日本の関東軍が、奉天(現在の瀋陽)郊外の柳条湖付近で南満洲鉄道の線路を自ら爆破し、これを中国軍の仕業として戦闘行動を開始した事件です。「柳条湖事件」とも呼ばれます。
関東軍は独断で行動を拡大し、わずか数か月のうちに満洲全土を制圧しました。翌1932年3月には清朝最後の皇帝・溥儀を元首に据えた「満洲国」が建国されましたが、国際社会からは日本の傀儡国家と見なされました。
国際連盟はリットン調査団を派遣して事件を調査し、1933年に日本の行動を侵略と認定する報告書を採択しました。これに対して日本は国際連盟を脱退し、国際的孤立の道を歩み始めます。
満洲事変の歴史的意義は以下の点で特に重要です。
- 軍部が政府の意向を無視して独断で戦争を拡大する先例を作った
- 日本が国際的な秩序から離脱するきっかけとなった
- 日中戦争・太平洋戦争へと続く「十五年戦争」の出発点とされる
現在も日中間の歴史認識をめぐる議論において、重要な事件として位置づけられています。
使い方・例文
近現代史の教科書で必ず登場する事件で、日本が対外膨張政策を本格化させる転換点として説明されます。
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