天明の飢饉とは?
てんめいのききん
天明の飢饉とは、18世紀後半の江戸時代に東北地方を中心に発生した大規模な飢饉で、数十万人規模の死者を出した日本史上最大級の食料危機です。
天明の飢饉は、1782年(天明2年)から1787年(天明7年)にかけて江戸時代中期に起きた大規模な飢饉です。東北地方を中心として全国的に甚大な被害をもたらし、日本史上でも最も深刻な飢饉の一つとして知られています。
- 冷夏・長雨による農作物の不作が連続して発生した
- 1783年(天明3年)の浅間山大噴火が農地に火山灰を降らせ、日照不足を悪化させた
- アイスランドのラキ山の大噴火による世界的な気候変動(火山の冬)も影響したとされる
- 農村の疲弊と幕府・藩の備蓄不足が被害を拡大させた
被害は東北地方で特に深刻で、津軽藩では農村の荒廃が著しく、飢餓・疫病・寒冷化による犠牲者は数十万人に及んだと推計されています。都市部でも食料価格が高騰し、1787年には江戸・大坂などで打ちこわし(天明の打ちこわし)が相次ぎました。
この飢饉は幕府政治の刷新を促す契機ともなり、老中・田沼意次が失脚するとともに、松平定信が寛政の改革を断行する政治的背景ともなりました。社会経済や農村構造に長期的な影響を与えた歴史的な事件です。
使い方・例文
歴史の授業や江戸時代の社会・経済を学ぶ文脈でよく登場します。例えば、「天明の飢饉によって引き起こされた打ちこわしが、田沼時代の終焉と寛政の改革につながった」というように、政治史と合わせて語られます。
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