分院里窯とは?
ぶんいんりよう
分院里窯とは、朝鮮時代後期に現在の韓国京畿道南楊州市に設置された朝鮮王朝の官窯で、白磁・青花磁器を宮廷に供給した朝鮮陶磁の中心的存在です。
分院里窯(ぶんいんりよう、朝鮮語:분원리 가마)は、朝鮮時代(1392〜1897年)の後期に、現在の京畿道南楊州市(かつての広州)に設けられた朝鮮王朝の官窯(分院)です。「分院」とは宮廷の器を製造・管理した機関「司饗院(사옹원)」の地方設置施設を意味します。
朝鮮王朝は宮廷用の磁器生産を国家管理のもとに置き、京畿道広州一帯の良質な磁土と燃料を求めて窯を転々と移動させてきました。18世紀中頃から分院里に窯が集約・定着し、1884年に民営化されるまで宮廷御用窯として機能しました。
分院里窯で生産された代表的な陶磁器は以下の通りです。
- 純白磁(백자):雑味のない白磁は朝鮮陶磁の精髄とされ、儒教的な清廉・簡素の美意識を体現しています。
- 青花白磁(청화백자):コバルト顔料で松・竹・梅・鶴・龍などを描いた染付磁器で、宮廷用具として広く制作されました。
- 鉄砂白磁・辰砂白磁:鉄絵具や銅赤釉で文様を描いた技法で、格調ある装飾性を持ちます。
分院里窯の製品は宮廷の祭祀・宴席・日常使いの器として用いられ、朝鮮陶磁史の集大成ともいえる存在です。現在、この地では遺跡の発掘調査が進んでおり、出土した窯道具・陶片が朝鮮後期の陶磁技術を解明する重要な資料となっています。
使い方・例文
「18〜19世紀に分院里窯で焼かれた青花白磁の壺は、朝鮮王朝後期の宮廷文化を伝える代表的な文化財として国立中央博物館などに所蔵されています」という形で、朝鮮陶磁や韓国の文化財の文脈で登場します。
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