伊予国とは?
いよのくに
伊予国とは、現在の愛媛県にあたる旧国名で、古代から中世にかけて四国西部の政治・文化の中心地として栄えた地域です。
伊予国(いよのくに)とは、かつての令制国のひとつで、現在の愛媛県全域にほぼ相当します。四国の西部に位置し、東は土佐国(現・高知県)・讃岐国(現・香川県)、北は燧灘・伊予灘を挟んで瀬戸内海に面していました。国府は現在の今治市付近に置かれたとされています。
伊予の名は「伊豫」とも書かれ、古事記・日本書紀にも登場する古い地名です。律令制のもとでは南海道に属し、郡・郷が整備されました。中世には河野氏が長く支配し、水軍を率いて瀬戸内海の制海権を握ったことで知られます。戦国時代には長宗我部元親による四国統一の過程で攻略の対象となり、その後豊臣秀吉の四国征伐を経て西日本の大名領に組み込まれました。
伊予国の主な特徴は次のとおりです。
- 温暖な気候を活かした柑橘栽培の産地(みかんの産地として現代にも続く)
- 道後温泉(松山市)は日本最古級の温泉地として古くから名高い
- 四国八十八か所霊場の多くが伊予国内に分布し、遍路文化が根付く
- 松山城・宇和島城など近世城郭が各地に残る
明治維新後の廃藩置県によって諸藩が統合され、1876年(明治9年)に現在の愛媛県としてまとめられました。伊予国という名称は今日でも地名・企業名・特産品名などに広く受け継がれています。
使い方・例文
四国八十八か所巡礼の案内地図では、霊場が「阿波・土佐・伊予・讃岐」の旧国名で区分されており、伊予国の霊場は札所40〜65番にあたります。
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