ランジット・シングとは?
らんじっとしんぐ
ランジット・シングはシク教徒の君主で、19世紀初頭にパンジャーブ地方を統一しシク王国(ラーンジート帝国)を建設した「パンジャーブの獅子」です。
ランジット・シング(Ranjit Singh、1780〜1839)は、インド亜大陸北西部のパンジャーブ地方を統一したシク教徒の君主であり、「パンジャーブの獅子(Sher-e-Punjab)」と称えられた英雄的指導者です。
幼少期に天然痘で左目の視力を失いながらも、10代から戦場に立ち、20歳でラホールを制圧してシク王国の基礎を築きました。その後30年以上にわたって積極的な軍事・外交を展開し、広大な帝国を建設します。
ランジット・シングの主な業績は以下のとおりです。
- バラバラなシク教徒諸勢力(ミスル)を統一
- アフガニスタン・カシミール・ペシャーワルへの支配拡大
- ヨーロッパ式の近代的軍隊(ファウジ・カース)の整備
- シク教・ヒンドゥー教・イスラム教徒が共存する多宗教の行政運営
イギリスとは巧みな外交で均衡を保ち、生涯にわたって植民地化を防ぎました。しかし彼の死後、王位継承をめぐる内紛が続き、1849年にイギリス東インド会社がパンジャーブを併合。インドの宝石とされた「コ・イ・ヌール(光の山)」ダイヤモンドもこのとき接収されました。
使い方・例文
「ランジット・シングはラホールを首都としてシク帝国を統治し、その死後に王国は瓦解した」という形でインド史の文脈に登場します。
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