モンゴル西征とは?
もんごるせいせい
モンゴル西征とは、13世紀にモンゴル帝国が中央アジア・ロシア・東ヨーロッパ・中東へと繰り返し行った大規模な軍事遠征で、ユーラシア史を大きく塗り替えた征服活動です。
モンゴル西征は、13世紀においてモンゴル帝国が西方に向けて行った一連の軍事遠征の総称です。複数回の遠征に分けられ、ユーラシア大陸の広大な地域を征服・支配下に置きました。
主要な西征の流れは以下の通りです。
- 第1次西征(1219〜1225年頃):チンギス・カン自ら率い、中央アジアのホラズム・シャー朝を滅ぼしサマルカンドなど主要都市を征服
- 第2次西征(バトゥの西征、1236〜1242年):バトゥとスブタイが指揮し、ルーシ諸公国(現ロシア・ウクライナ)を制圧後、ポーランド・ハンガリーまで侵攻。ワールシュタットの戦い(1241年)でヨーロッパ連合軍を破った
- 第3次西征(フレグの西征、1253〜1260年頃):フレグがイラン・イラクに侵攻し、1258年にアッバース朝のバグダードを陥落させカリフを処刑
モンゴル西征はイスラム文明の中心地バグダードの破壊、ルーシ諸国家の長期にわたる従属(タタールのくびき)など甚大な影響を残した一方で、「パクス・モンゴリカ」と呼ばれるユーラシア交易路の整備・安定化をもたらし、東西文化交流を促進した側面も持ちます。
使い方・例文
世界史の授業で元朝やモンゴル帝国の膨張を扱う際に、「なぜモンゴル軍はヨーロッパまで到達できたのか」という問いとともにモンゴル西征が取り上げられます。バグダード陥落の年(1258年)は中世イスラム史の転換点としても頻出です。
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