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ミトリダテス6世とは?

みとりだてすろくせい

ミトリダテス6世とは、紀元前1世紀に活躍した黒海沿岸の王国・ポントスの王で、ローマ帝国に三度にわたって挑んだ最大の宿敵として知られる人物です。

ミトリダテス6世(紀元前132年頃〜紀元前63年)は、小アジア北部の黒海沿岸に位置した王国・ポントスの王です。「大王」とも称され、ローマ共和国と30年以上にわたって争った強大な君主として歴史に名を残しています。

彼はギリシャ文化に深く傾倒しながら、多数の言語を話せたといわれる知性派の君主でもありました。毒殺を恐れて幼少期から少量ずつ毒物を摂取し、毒への耐性を身につけたという逸話は「ミトリダティズム(毒物免疫)」という言葉の語源となっています。

「ミトリダテス戦争」と呼ばれる一連の軍事衝突では、紀元前88年に小アジアのローマ市民を虐殺したことで知られる大規模な反ローマ蜂起を起こし、ギリシャ本土にまで勢力を拡大しました。ローマはスラ、ルクルス、ポンペイウスといった名将を相次いで派遣してこれに対処しました。

最終的にはポンペイウスに敗れ、息子に裏切られた末に自害したとされています。その劇的な生涯はシェイクスピアをはじめとする後世の作家たちにも題材として取り上げられ、古代史の中でも特に劇的な人物のひとりです。

使い方・例文

「ミトリダテス6世の名は、ローマ共和制末期の歴史やポンペイウスの功績を解説する文脈で、ローマ最大の東方の敵として頻繁に登場します。」

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