マムルーク朝とは?
まむるーくちょう
マムルーク朝とは、13世紀から16世紀にエジプトを中心に支配した、軍人奴隷(マムルーク)出身の将軍たちが樹立したイスラーム王朝です。
マムルーク朝は1250年にエジプトで成立し、1517年にオスマン帝国に滅ぼされるまで約270年間続いたイスラーム王朝です。「マムルーク」とはアラビア語で「所有された者」を意味し、主にトルコ系・チェルケス系の奴隷出身の軍人が支配層を形成しました。
マムルーク朝が歴史上特に注目される理由は、モンゴル軍とキリスト教十字軍という二大脅威に対抗した点にあります。1260年のアイン・ジャールートの戦いではモンゴル軍を撃退し、その後も十字軍の最後の拠点アッコン(1291年)を陥落させて中東から十字軍を駆逐しました。
また、モンゴルの侵攻で壊滅したバグダードからイスラーム世界の文化的中心がカイロに移ったことで、マムルーク朝のエジプトはイスラーム学術・建築・商業の一大拠点となりました。アズハル大学やスルタン・ハサン・モスクなど多くの壮麗な建築物が現在もカイロに残っています。内部では常にマムルーク軍人同士の権力闘争が絶えず、スルタンの交代が頻繁に起きたことも特徴です。
使い方・例文
世界史の授業では「アイン・ジャールートの戦い」とともにマムルーク朝が登場し、モンゴル帝国の西方進出を食い止めた勢力として紹介されます。
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