ハプスブルク朝とは?
はぷすぶるくちょう
ハプスブルク朝とは、13世紀から20世紀初頭まで続いたヨーロッパ最大の王家の一つで、神聖ローマ皇帝位を長期にわたり独占し、オーストリア・スペインなど広大な領域を支配しました。
ハプスブルク朝(Habsburg dynasty)は、現在のスイス・アルザス地方に起源を持つ貴族家門で、中世後期からヨーロッパ政治の中心に君臨し続けた名門王家です。家名はスイスのハプスブルク城(鷹の城)に由来します。
1273年にルドルフ1世がドイツ王に選出されたことを契機に台頭し、以後神聖ローマ皇帝位を事実上世襲しました。「戦争は他の者に任せよ、幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」という格言が示すように、軍事よりも婚姻政策によって版図を拡大したことが特徴です。
16世紀にはカール5世のもとでスペイン・ネーデルラント・南北アメリカ植民地・神聖ローマ帝国を含む史上空前の版図に達しました。その後スペイン・ハプスブルクとオーストリア・ハプスブルクに分かれ、それぞれの地域で近世ヨーロッパの政治を主導しました。
オーストリア・ハプスブルク(後のハプスブルク=ロートリンゲン朝)は1804年にオーストリア帝国を、1867年にはオーストリア=ハンガリー帝国を形成しました。しかし第一次世界大戦の敗北により、1918年に最後の皇帝カール1世が退位し、600年以上続いたハプスブルク家の統治は終焉を迎えました。
ウィーン、プラハ、ブダペスト、マドリードなど現在の欧州主要都市の文化・建築はハプスブルク朝の深い影響を受けており、その歴史的遺産は今日も色濃く残っています。
使い方・例文
ウィーンのシェーンブルン宮殿やホーフブルク宮殿を訪れると、マリア・テレジアやフランツ・ヨーゼフ1世など歴代ハプスブルク君主の栄光と日常生活の痕跡を体感できます。
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