スレイマン大帝とは?
すれいまんたいてい
スレイマン大帝とは、16世紀オスマン帝国の第10代スルタンで、帝国最大版図を実現した名君です。
スレイマン大帝(Suleiman I、1494〜1566年)は、オスマン帝国の第10代スルタンで、在位期間は1520年から1566年にかけての約46年間に及びます。西洋では「荘厳なるスレイマン(Suleiman the Magnificent)」、オスマン帝国内では「立法者(カーヌーニー)」と呼ばれ、内政と軍事の両面で卓越した手腕を発揮しました。
軍事面では、ベオグラードやロードス島を征服し、1526年のモハーチの戦いでハンガリー軍を撃破してハンガリーをほぼ制圧しました。また北アフリカにも支配を拡大し、オスマン帝国は史上最大の版図を誇るようになりました。地中海の制海権をめぐってハプスブルク家と長年にわたって争い、ヨーロッパ列強に大きな脅威を与えました。
内政面では法典の整備を行い、帝国の行政・司法制度を体系化しました。宗教的寛容政策を重視し、帝国内のキリスト教徒やユダヤ教徒にも一定の自治を認めました。また詩人としても知られ、芸術・建築の振興にも力を注ぎ、名建築家ミマール・スィナンを重用してイスタンブールに多くの壮麗なモスクを建立しました。
その治世はオスマン帝国の全盛期として位置づけられており、東西の政治・文化史において欠かせない人物の一人です。
使い方・例文
「スレイマン大帝の治世にオスマン帝国はヨーロッパ・中東・北アフリカにまたがる大帝国となった」というように、中世・近世の世界史の文脈で登場します。
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