ストーンウォール・ジャクソンとは?
すとーんうぉーるじゃくそん
ストーンウォール・ジャクソンとは、南北戦争で南軍を率いた卓越した戦術家で、「石壁のジャクソン」と称えられた将軍です。
トーマス・ジョナサン・ジャクソン(Thomas Jonathan Jackson、1824〜1863年)は、アメリカ南北戦争における南軍(南部連合軍)の将軍で、「ストーンウォール(石壁)」の異名を持ちます。バージニア州生まれで、ウェストポイント陸軍士官学校を卒業後、メキシコ戦争に参加した後、バージニア軍事学校で教官を務めました。
南北戦争勃発後、南軍に参加。1861年のブル・ラン(マナサス)の戦いで北軍の猛攻に揺るぎなく抵抗したことから「ストーンウォール」の称号を得ました。その後、バレー・キャンペーン(1862年)では少数の兵力で北軍大軍を翻弄し、神速の移動と奇襲を駆使する戦術で連勝を重ねました。
ジャクソンの戦術的特徴には以下が挙げられます。
- 秘密主義による敵の意表を突く行動計画
- 強行軍による迅速な戦略的移動(「足の速い兵隊」と称された部隊)
- 深い信仰心に基づく精神的指導力
- リー将軍との息の合った連携(チャンセラーズヴィルの戦いなど)
1863年のチャンセラーズヴィルの戦いでは巧みな側面攻撃で北軍を大敗させましたが、帰還中に誤って自軍の銃撃を受けて重傷を負い、8日後に肺炎で死去しました。リー将軍は「私は右腕を失った」と嘆いたとされ、彼の死が南軍の戦局に与えた打撃は計り知れないと評されています。
使い方・例文
「軍事史の講義では、ジャクソンのバレー・キャンペーンが少数兵力による陽動作戦の成功例として、現代の戦術論でも引用されます。」
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