ジョン・アダムズとは?
じょんあだむず
ジョン・アダムズは、アメリカ建国の父のひとりであり、同国初代副大統領・第2代大統領を務めた政治家です。
ジョン・アダムズ(John Adams、1735〜1826年)は、アメリカ合衆国の建国期を代表する政治家・法律家です。マサチューセッツ州ブレインツリー(現クインシー)生まれで、ハーバード大学を卒業後に弁護士として活躍しました。
アダムズは独立運動の初期から積極的に関与し、1775〜1776年にかけてフィラデルフィアの大陸会議に代表として参加。トーマス・ジェファーソンらとともに独立宣言の起草・採択に深く携わりました。外交官としてフランス・オランダ・イギリスに赴任し、1783年のパリ条約締結にも貢献しました。
合衆国憲法が発効すると、1789年にジョージ・ワシントン政権の初代副大統領に就任。1797年には第2代大統領となり、フランスとの外交危機(XYZ事件)や海軍の整備など、対外問題に対処しました。国内では連邦主義的な政策を推進し、1798年の「外国人・煽動取締法」をめぐって激しい論争が起きました。
1800年の選挙でトーマス・ジェファーソンに敗れて退任。その後20年以上を故郷クインシーで過ごし、ジェファーソンと晩年に和解・書簡往復を行ったことでも知られます。奇しくも独立宣言50周年にあたる1826年7月4日に、ジェファーソンと同日に亡くなりました。
使い方・例文
アメリカ建国史を学ぶ際に、ワシントン・ジェファーソンと並んでジョン・アダムズの名前は必ず登場します。連邦主義の立場を代表する人物として政治思想の授業でも取り上げられます。
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