カンボジア虐殺とは?
かんぼじあぎゃくさつ
カンボジア虐殺とは、1970年代にクメール・ルージュ政権が行った大規模な政治的弾圧と大量殺戮のことです。
カンボジア虐殺とは、1975年から1979年にかけて、ポル・ポト率いる共産主義勢力「クメール・ルージュ」がカンボジア(民主カンプチア)で行った組織的な大量虐殺と弾圧を指します。
クメール・ルージュは農業社会への回帰を掲げ、都市住民を強制的に農村へ移住させ、知識人・教師・医師・僧侶など「革命の妨げになる」とみなした人々を次々と処刑しました。プノンペンなどの都市は一夜にして無人化され、数百万人が強制労働や飢餓・疾病にさらされました。
この時期に命を落とした人の数は、推定で170万人から200万人以上とされており、当時のカンボジア総人口の約4分の1に相当するといわれています。大量虐殺の証拠として現在も残る「キリング・フィールド」は、遺骸が発見された処刑場跡地であり、現在は記念施設として保存されています。
1979年にベトナム軍が侵攻してクメール・ルージュ政権は崩壊しましたが、その後も長く内戦が続きました。国際的な裁判としては「カンボジア特別法廷(ECCC)」が設置され、生き残った指導者たちが人道に対する罪で裁かれました。この歴史は20世紀最大のジェノサイドのひとつとして記憶されています。
使い方・例文
「キリング・フィールド」という言葉は、カンボジア虐殺における処刑場跡地を指して使われ、1984年には同名の映画が制作され世界に悲劇を伝えました。
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