ポル・ポトとは?
ぽるぽと
ポル・ポトは、カンボジアのクメール・ルージュ政権を率い、大規模な虐殺と強制労働で数十万から数百万の命を奪った独裁者です。
ポル・ポト(Pol Pot、1925〜1998年)は、カンボジアの政治家・革命家で、クメール・ルージュ(赤色クメール)の指導者です。本名はサロット・サル(Saloth Sar)といいます。
ポル・ポトはパリ留学中にマルクス主義に傾倒し、帰国後カンボジア共産党の組織化に携わりました。1975年にクメール・ルージュが内戦に勝利してプノンペンを制圧すると、ポル・ポトは実質的な最高指導者として「民主カンプチア」政権を樹立しました。
政権下で実施された政策はきわめて過激なものでした。
- 都市住民を強制的に農村へ移住させる「農業共同体化」
- 知識人・教師・医師・眼鏡をかけた者までを「敵」として処刑
- 通貨廃止・市場経済の否定・宗教施設の破壊
- 「キリング・フィールド」と呼ばれる虐殺場での大量殺害
この政策によって1975年から1979年の約4年間で、カンボジアの全人口のおよそ4分の1にあたるとも言われる多数の市民が死亡したとされています(正確な数には諸説あります)。1979年にベトナム軍の侵攻によって政権は崩壊し、ポル・ポトはジャングルへと逃れました。晩年はカンボジア国際法廷での裁判を控えながら1998年に死去しました。クメール・ルージュによる大量虐殺は「ジェノサイド」として国際的に認定されています。
使い方・例文
「ポル・ポト政権下のカンボジアでは、知識人が敵とみなされて処刑され、極端な農業ユートピアを実現しようとした悲惨な歴史がありました」という形で語られます。
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