エレアノル・オブ・アキテーヌとは?
えれあのるおぶあきてーぬ
エレアノル・オブ・アキテーヌとは、12世紀にフランス王妃・イングランド王妃を歴任した中世ヨーロッパで最も影響力のある女性君主の一人です。
エレアノル・オブ・アキテーヌ(1122年頃〜1204年)は、フランス南西部の広大なアキテーヌ公国を継承した女公爵であり、二度の王妃を務めた中世屈指の女性政治家です。
15歳でフランス王ルイ7世と結婚し、フランス王妃となりました。第2回十字軍(1147〜1149年)にも同行しましたが、のちに婚姻を無効とし、1152年にアンジュー伯アンリ(後のイングランド王ヘンリー2世)と再婚。これによりアキテーヌの広大な領土がイングランド王に加わり、フランス王よりも多くのフランス領土をイングランド王が持つという複雑な政治状況が生まれました。
ヘンリー2世とも次第に対立するようになり、息子たちの反乱を支援したとして約16年間幽閉されました。しかし夫の死後は解放され、獅子心王リチャード1世やジョン王の母として政治的影響力を維持し続けました。
エレアノルは宮廷文化の庇護者でもあり、吟遊詩人(トルバドゥール)文化や「宮廷愛」の概念を広めた人物としても評価されています。80歳を超えても精力的に活動し、晩年は自らの領地フォントヴロー修道院で生涯を終えました。中世女性の可能性を体現した存在として、歴史的に高く評価されています。
使い方・例文
「エレアノル・オブ・アキテーヌはフランス王妃からイングランド王妃に転じた稀有な人物で、中世ヨーロッパの政治地図に大きな影響を与えた」というように、中世史や女性史の文脈で取り上げられます。
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